相手を否定はしていないんだけど、相手への自身の対応にネガティブフィーリングが含まれている場合ってある。
それもいいんじゃない? (…ってそんなにいいとは思っていないけど)
当たり障りのない返しをしている時、実はその隠れたネガティブエネルギーって伝わる。
やんわりな言い方、日本人は直接的な言い方を避ける。そこには色々な思いが入っているんだけど、ぼやかしてる。
これって「私だったらこうする」的な、私の!という考え方をベースにしていると起きる気がする。
私の!私が!って、何でこういう思いが出てくるんだろ?認められたいとか好かれたいとか、やっぱり承認欲求とか特別でいたいとかっていうプライドから来ているんだろうな。
そう考えると、私の!が混じっているとネガティブを生みやすい気がする。
そこで、”My”ではなく”A””The”と捉えてみたらどうだろう。
これはホーキンズ博士のletting goに書いてあったんだけど、そう捉えると自分の意見に没入する意味がなくなる。
そこに生まれる変なプライドがなければ攻撃性もなくなり自由に意見を変えることができる。「自分の」意見に固執せず客観視してみることができる。
自分の意見にこだわらずにただの一意見としてみておけば、こっちの方がいいとかこれと融合すればいいとか柔軟に変えることができる。
“My”ではなく”A””The”と捉えてみると、どうやらネガティブの手放しが起きやすいみたいだ♬
今日の夫のつぶやきでした。
このコラムを一緒に作っている時、「夫:ここつながりが分かりにくいかな」「私:あなたが話したそのままを書いたのよ」「夫:あれそうだっけ」というような会話があったんだけど。
これまさに2人とも「私の!」っていう思いが入っちゃってた。本当に些細なことで些細な時に「私、私」ってなってるんだなぁ^^;
(妻のつぶやき)